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天然ボケ女のとんでもない伝説。
わたしは都内の某印刷会社に勤めている者です。わたしの会社では仕事中にみんなで曲を持ち寄 って、ipod shuffleで曲をかけることになっているのですが、女性社員たちが、曲をシャッフルされるこ とを妙に恥ずかしがるんです。中には顔を真っ赤にして、体を仰け反って恥ずかしがる女性社員もい ます。これって、もしかしたら、「日常刺激」になりませんか?よろしくお願いします。
天然ボケ女のとんでもない伝説。
iPod内のデータをみんなの前に曝け出し、しか もシャッフルされてしまうことに恥ずかしさを感じ る女性たち。これはある意味、世の女性たちが 「iPod内のデータ=自分の内面」と捉えているこ とを意味している。女性たちはシャッフルされる ことによって、見られたくない自分(聴かれたく ない曲)を見られてしまったためとても恥ずかし くなってしまったのである。

投稿者の話によると、中には顔を真っ赤にして 体を仰け反って恥ずかしがる女性もいたというか ら、これはある意味、人前で全裸になるのと同じ くらい恥ずかしい行為だということになるのかもし れない。

ここで注目すべきなのは、iPodという機器云々で はなく、世の女性たちが「音楽の趣味=自分の 内面」と捉えていて、しかも、シャッフルされるこ とによって、そのすべてを曝け出されることに恥 ずかしさを感じている、という点である。

―自分の内面を曝け出すことに恥ずかしさを感 じるということ―

それは、伝統的に日本女性が持っている「奥ゆか しさ」そのものだ。自らの内面を押し隠し、凛とした 表情で颯爽と闊歩していく、日本女性の美しさ。iPodが普及した現代においても、その伝統は脈々と 受け継がれている。
天然ボケ女のとんでもない伝説。
では、なぜ音楽の趣味が自分の内面を映すこ とになるのか。その点に関しては、「文化の多 様化という一言で済ましておきたい。一昔前ま では、音楽といえば、最新のヒット曲をチェック するのがスタンダードなラインだった。特に80 年代においては、とりあえずユーミンを聴いて おけば、社会的に「趣味がいいね。」という認 識をしてもらえた。それだけで済んだ時代もあ ったのだ。 しかし、90年代に入ると、時代の様相は一変 する。ギャル系、オタクなど、同時多発的に様 々な文化がカテゴライズされ始め、自分がどの カテゴリーに属するかによって、自分が他人にど
う見られるかが決まるようになった。それぞれの カテゴリーにはそれぞれ「好きになるべき」音楽 が定義されていて、それを好きにならないと、そ のカテゴリーに入ったことにならないし、他人か らもそのカテゴリーに入ったとは認識されない。 だから、世の人々は自分の入りたいカテゴリー に入るために、そのカテゴリーの音楽を一生懸 命好きになろうとするし、他人からも自分がその 音楽が好きだと思われるために努力をするので ある。「iPodをシャッフルされて恥ずかしがる女た ち」にも、そういった心理状態がよく表れている。
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